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†フェルマータ†


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フェルマータ*2*

2009.10.12  *Edit 

それから暫く、缶をころころ転がしたり、新聞紙をびりびり破いたりした。
色々な音が混在する。
僕は夢中になって、缶を投げたり、びりびりに破いた新聞紙を宙に舞わせた。
今考えるとこんなことをして迷惑千万なのだが、あの方は微笑んで僕の様子を見つめていた。

「ね、音を出すって面白いんだ」
さて、レッスン一日目が終わる頃、あの方はもう一度握手を求めてきた。
僕も応えるように、小さな手を差し出した。


それから、レッスン二日目へと突入した。
「じゃあ……この“ド”の音は、昨日出した音のどれに近いかな」
僕は暫く腕組みをして、答える。
「缶を投げた音!」
「うん、正解。さすがだね」
あの方は拍手をパチパチして、僕を褒めてくださった。

しかし、ピアノはいつやるのだろうか。
不安になった表情を、あの方は見逃さなかった。
「でもね、ピアノはこんなことも出来るんだよ」
……あの方は、おもむろに指を定位置に置き始めた。


それから五分間、僕は何も声が出なかった。

ピアノと言うものは、当時の僕にとって堅苦しいイメージがあった。
しかしどうだろうか。
あの方が指を動かすと、暖かな海の情景が浮かぶではないか。
その瞬間、僕はあの方を「尊敬」したのだ。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪


そんな僕の最も尊敬する方がおかしくなったのは、今年の四月頃。
僕がレッスンを続けて、よもや十五年が経とうというというときだ。

「先生、おはようございます」
僕はレッスンバッグを持って、いつもどおり「先生」と呼んだ。
しかし返事が来ない。その上、ドアが開かないのだ。

おかしい。あの方がレッスン日を忘れる訳がない。
僕が裏口からこっそり侵入すると(どうやって侵入したかは訊かないで欲しい)
あの方は電気もつけず、ピアノを抱くようにして倒れていた。
安らかな笑顔だった。


「脳腫瘍が出来ていますね、このままでは保たないでしょう」
医師の言葉は、重たく苦しいものがあった。

ああ、あの方はもう逝かれるのか、旅立たれるのか。
もっと教えてくださらないのか、あのときのように「音」の楽しさを。
あんまりだ、早すぎる。

僕はあまりの理不尽さに、医師に向かって叫んだんだ。
「どうにかならないのか!」
医師は黙って首を振るだけだった。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪


毎日病棟へと通った。
5時から6時の間は、全く目を離さないと決めていた。

僕の最も尊敬する方は、いつ会ったとしても、安らかな笑顔で眠っていた。
返答もして下さらなかった。


そしてあのとき、忘れもしない六月六日、六時十七分十三秒。
僕がフルーツバスケットを側においたときだ。
「……雅幸、そこにいるのか」
嗄れた声が、優しい旋律のように響いた。

「はい、ここにいます」
僕が応えると、ほっとしたようなため息をついた。
「そうか。雅幸はいるのか」

ぜえぜえ息を吐いた後、よく聞きなさい、そうおっしゃった。
聞きますと答えると、ゆっくりと、小さな声で始めた。
「お前は一番の生徒だった。いつも私の教えを、一心不乱に逃すまいとしていた。
ずっとお見舞いに来てくれていたのだな? 先ほど、看護婦から聞いたよ。
さあ、ここからだ。よく聞きなさい」

一呼吸整えた後、また、話を続けられた。
「お前は少し頑張りすぎているよ。無理をし過ぎているんじゃないかな?」
「……そうかもしれません」
僕は俯いた。
「でもね、それじゃ駄目なんだ。知っての通り“音”を楽しむには、自分が心を楽にする必要がある。
もっと、楽しみなさい。昔のことを思い出して。
お前の人生は……フェルマータのように……いのだから」


♪ ♪ ♪ ♪ ♪


空っぽになった小さな教室を受け継いだのは、それから間もなくのこと。
そうだ、僕は忘れていた。
始めて「音」に触れたときのこと、そして、それは楽しかったこと。


「僕の人生は、フェルマータのように長いのだから……ね」
そして僕は、小さな教室で、また今日を過ごす。
あの教えを忘れないようにと、胸に刻みながら。


*The End......*


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